K-Master's Thinking

しがない飲み屋のマスターが、世の中のことを考える。

「多様性」についての考察。人々は本当に多様化しているのだろうか?

 こんにちは。KIMAMASTERです。

 

こんな本を読みました。

経済成長という病 (講談社現代新書)

経済成長という病 (講談社現代新書)

 

 

著者の視点の角度に「はっ」とさせられることが、数多くありました。

自分の思い込みや、思考停止状態に気づかされます。

 

例えば「多様化」について。

「消費者のニーズが多様化している。」

「多様な働き方が選べるようになった。」

 

このような表現は普通に使います。

言葉にも文章にもします。

 

「しかし、本当に多様なのだろうか?」と著者は問う。

実は、消費者のニーズは多様化などしていない。

供給側(=企業)が消費者の欲望を刺激するために作り出した虚構だ、と。

 

ならば、ニーズが多様化したから商品が増えたのではなくて、消費者のニーズを刺激するために、(企業が)商品を増やした、ということか。

 

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買い物をしていて感じること。

大きい店に行くと商品(選択肢)が豊富にあって目移りしてしまう。

あれも欲しい、これも欲しい。

結局、なかなか決められない。

 

小さい店に行くと限られた選択肢から選ぶので、すぐに決まる。

 

どちらが良いとも言えないが、大きい店の方は、確かに「ニーズを刺激されている」気がしないでもない。

 

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もうひとつ。

「多様な働き方という言い方は、労働力を商品のように使い回したいと考えているもの(=企業)が振りまいた虚構でしかない。と疑ってみるべきだ」とも言う。

 

確かにこれも「ニーズがあって制度ができた」とは考えにくい。

著者の指摘にも大いに頷かされる。

 

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選択肢が多いこと。

これは「幸福」なことなのだろうか?

スーパーに行っても、ホームセンターに行っても、100円ショップに行っても、商品で溢れている。

似たような商品も少なくない。

毎年毎年、新しい商品が発売される。

選ぶのが大変である。

ひとつの商品を買おうと思っても、その特徴をチェックし、違いを把握し、値段との折り合いを考え、なんならレビューまで見て、ようやく購入できる。そこまでして選んでも、実は大差がなかったりする。

こんな状態を「選択肢が増えて良かった」と言えるのだろうか?

 

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そう考えると、企業が作る仕組みのなかで、人々はいいように踊らされているだけなのではないか?」と感じてしまいます。

 

しかし、企業の側から見れば当然の行動であって、ニーズが飽和したら困る。新たなものを生み出して、新たなニーズを作って行かなければならない。

コストを削減して競争に勝たなければならない。

 

どちらの立場で見るかによって、見え方も変わってくるのでしょうね。

 

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当たり前だと思っていたことを疑ってみる。

違う方向から物事を観察してみる。

 

思考停止を解除したり、本質を見極めるのには必要なこと。

ついつい自己中心的になりがちですからね。

 

その他にも何かと気づかされることの多い本でした。

 

 

本日もお読み頂き、ありがとうございます。